「悪気はなかったんじゃない」
「考えすぎだよ」
嫌だったことを誰かに話したとき、
そう返されると、自分が気にしすぎなのかもしれないと思っていませんか。
相手にも事情があった。自分もその場で何も言わなかった。
そう考えているうちに、
本当は何が嫌だったのか、自分でもわからなくなることもあります。
対話をしていると、
「そのときどう感じた?」と聞かれた瞬間、
言葉に詰まる人がいます。
嫌だったはずなのに、うまく説明できない。
それは、感情を否定された記憶が、
先に答えを塞いでしまっているからかもしれません。
相手を悪者にしなくてもいい。
でも、自分が感じた違和感まで、なかったことにしなくていいです。
話を聞いてほしかったのか。
対等に扱ってほしかったのか。
大切にしてほしかったのか。
違和感の中には、
自分が人との関係で大切にしたいことが隠れています。
それに気づけると、
次に似た場面に出会ったとき、
「あのときと同じかもしれない」と、
少し早く自分の気持ちを汲み取ろうとするのではないでしょうか。
違和感を否定しない人ほど、
本当に安心できる関係を、自分で選べるようになっていきます。
一人で振り返ろうとすると、
また「考えすぎかもしれない」という声が顔を出します。
だからこそ、誰かと話しながら、
感じたことを一緒にたどっていく時間が、役に立つことがあります。
その違和感、一度言葉にしてみませんか。
